横綱•玉の海に触れる

【横綱•玉の海に触れる】
秋に行われるアジア大会関連視察後、隙間を見つけて向かった先は日本相撲協会。

実は大相撲名古屋場所の会場で、愛知県蒲郡市出身の横綱玉の海の没後55年として「横綱玉の海展」が開催しております。

IGアリーナ内のサブアリーナに、伝説の横綱の幼少期から現役時代の写真、化粧まわしや手形といったゆかりの品70点が並んでいる。

「第51代横綱玉の海を愛する会」が所蔵品を展示した。会長を務める同級生の荒島伸好さんは、玉の海とともに蒲郡中相撲部で汗を流した関係。荒島さんが相撲部で、玉の海少年が柔道部からの臨時相撲部員だったとのこと。

私にとっては伝説の横綱。大鵬、北の湖、千代の富士という一代年寄の親方衆のお歴々には直接ご指導頂けてきたし、北の富士さんにもよく話しかけて頂きましたが。玉の海と言えば、虫垂炎で亡くなってしまったというエピソードを聞いて育ったくらいしかない幻の存在。

相撲の仕事をするようになって、ちゃんと調べてみたら、玉の海が急性虫垂炎を発症したのは、昭和46年(1971年)の名古屋場所後の夏巡業中。この時に、緊急入院したけれども、秋場所後に予定されている大鵬の引退相撲に出るために、手術をせずに薬だけで9月秋場所に出場。しっかりと場所後の引退相撲では、大鵬の最後の横綱土俵入りで太刀持ちを務めたのでした。ちなみに露払いは横綱北の富士。その後、あらためて虫垂炎の手術を受けたものの、術後に心臓動脈幹血栓症で急死したのがリアルな話。まだ27才の事でした。

責任感の強さゆえに不遇の死を遂げた玉の海の同級生に、まさかお会いできるとは思わず、色々と質問させて頂きました。玉の海ゆかりの逸品をお持ちの方は、是非ご連絡下さい‼️