墨田区選出・都議会自民党最年少・改革派

石破茂前地方担当相・応援演説全文

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「墨田の声で、都政を動かす。」石破茂前地方担当相・応援演説全文

-2017年6月24日、錦糸町駅北口にて-

石破茂前地方担当相・応援演説

※ 動画での視聴は【こちら】(20分58秒)

【1.はじめに】

皆さま、こんにちは。
どうしても「前・防衛大臣」になってしまいますが(会場笑)、前・地方創生担当大臣の衆議院議員、石破であります。

川松真一朗さん。4年前、皆さま方のお力をいただいて、都議会に議席を得させていただきました。
本当にその節はお世話になりましてありがとうございます。
私も当時、自民党幹事長をしておりましたが、三回お願いに参って、皆さま方には本当にお力をいただきました。
早いもので、あれから4年。今回は、あの時のような追い風は吹いていません。
よく、その事は承知をいたしております。
私ども自民党は、もう一度、どの党よりも親切な党、どの党よりも謙虚な党、どの党よりも誠実な党でありたいと思っています。
そして誰かにだけ、親切なだけでは駄目だ。誰かにだけ誠実でも駄目だ。全ての人に正直で親切で、誠実な自民党を川松さんと一緒に、この墨田からつくっていきたい。
そのように思っております。

石破茂前地方担当相・応援演説

【2.これからの日本はどうなる。待ったなしの少子化問題】

日本の国は、一つだけはっきりしている事があります。
これから恐ろしく人口が減ります。
東京にいると、錦糸町にいると、気が付かないかもしれない。だけど日本は今、1億2700万人の人口があります。
このまま行ったらば、西暦2100年は、83年後。日本人は何人になると思いますか。5200万人。半分以下になる。
200年経ったら、1391万人。10分の1になる。300年経ったら、423万人。30分の1になります。
「それはお前、鳥取とか島根とか、そういう田舎の話だろうが」と思ってはいけません。
この墨田は、区長や、区議会の皆さんや、川松真一朗さんが、一生懸命努力をして、人口はしばらく減りません。
100年先なんて言ってもよくわからないから、西暦2040年。今から23年しか先ではありませんが、この墨田の人口は確かに増えるんです。少しだけ増えます。
ですけれど、何が減るかというと、20代、30代の若い女性の人口はガーンと減る。
今から23年後に、墨田はちょっとだけ人口が増えるんだけれども、今日も一杯いらっしゃいますが、20代、30代の若い女性は2割減っちゃう。これはいったい、どういうことなんだろうか。どうやって若い人たちが結婚をし、子どもを育て、そして住んでいきやすい、そういう墨田区をつくるか。それを考えていかなければなりません。
私はさっきまで中央区にいました。これから足立区に行きます。豊島区に行きます。大田区に行きます。
あちこちに行くんですけど、東京23区、東京東京って言うけれど、23区ぜんぶ違う。
男性が結婚する年齢、女性が結婚する年齢、女性が一人目の赤ちゃんを産んでくださる年齢、23区ぜんぶ違う。
男性が一番若く結婚して、女性が一番若く結婚して、女性が一番若くて子どもを産む区ってどこだかご存知ですか。足立区。全部トップ。全部23位ってどこだかご存知ですか。港区。
じゃあ墨田区は何位だっていうと、全部6位。それなりに頑張ってはいます。
頑張っているんだけど、何で日本の国の人口はこんなに減るかというとですね、
いちばん日本で女性が赤ちゃんを産んでくれるのは沖縄なわけです。
2番目は島根県、3番目、宮崎県。4番目、私の鳥取県。5番目が熊本県ということになっているんですね。
いちばん赤ちゃんが産まれないのは、断トツこの東京、なのですよ。

赤ちゃんが生まれる地方から断トツ生まれない東京にどんどん人があつまるので、日本の人口は急激に減る。
「しょうがないね、日本人が5000万人を超えたのは明治の終わりだからね、その頃に戻るんだ、しょうがないね」って思わないでください。
明治の終わりの5000万人というのは、若い人が一杯いて、歳が上になるほどにどんどん少なくなる5000万人。これからの5000万人は、若い人が少なくて、人生の先輩が多い5000万人だから、全然ちがうのです。

どうやって、結婚しやすい墨田区をつくるか。どうやって赤ちゃんが産まれる墨田区をつくるか。
どうやって定住してくれる墨田区をつくるか。そのために一生懸命がんばってきたのが、この川松真一朗。
皆さま方のお力を是非とも頂きたいと思う所以の第1であります。

【3.防災の原点・墨田】

第2は、調子のよいことばかりを言ってもいけないので、これから30年間にマグニチュード7以上の大きな地震の起こる確率は7割あります。
明日起こってもおかしくない。これから30年間の間にマグニチュード7の首都直下型地震の起こる確率、7割。震災に強い町をつくらねばなりません。防災の原点はすべて、この墨田区にあるのであります。

かつて「明暦の大火」と言われて、歴史の時間に習いましたね。「振り袖火事」とも言いました。
麻布あたりに住んでいるきれいなお姉さんが、寺のお兄ちゃんのことをすごく好きになって、そのお兄ちゃんと同じ着物を着たいなと言って、同じ柄の振袖をつくりました。
そしたら何としたことか、すぐに死んでしまった。その振り袖は転々と色々な若い女性の手に行ったんだが、何とみんなすぐに死んでしまうという恐ろしい話であります。
これは何かの祟りに違いないというので、お寺で供養して、その振袖を焼いたんだけれども、その火が燃え移って江戸中が焼けてしまったという、怖い話ですね。「明暦の大火」というお話です。

関東大震災の時は、いま横網町になっていますが、あそこに陸軍の軍服をつくる工場がありました。
そこの跡に、大勢の人が逃れました。だけどもそこで、4万人の人が火災で亡くなった。
そういう墨田区の悲しい歴史があります。
だからこの墨田は、防災の原点である。川松も、区長さんも、大勢の皆さんが努力をして、だんだん災害に強い町になってきました。
面積あたりの消火栓の数って、墨田区は23区中第2位ですから。
一生懸命努力して、火事に強い町をつくってきている。
だけどもついこの間の数字では、火災の発生率はなお高い。23区平均の2.5倍高い。

どうやって安全な墨田区をつくるか。川松は必ずやります。
子育てをしやすい墨田区をつくる。安全な墨田区をつくる。
大言壮語をしたり、ペラペラ理想を話す人は一杯いるが、一つひとつの課題に、区長や、区議が、一緒になって取り組めるのは、川松真一朗であります。

【4.対立からは、何も生まれない】

私たち自民党は、単に対立をすればいいとは思っていません。
知事の悪口を言って票が入るなんて思っていません。
対立からは何も生まれない。
二元代表制といって、知事も都民の代表です。都会議員も都民代表です。
どっちも都民の幸せを考える以上、接点がない、なんてことは有り得ない。
必ずその接点を見出すのが都議会の役割であって、単に対立だけすればいい、私たちはそう思っていません。

中には、対立が大好きな人もいます。喧嘩が大好きな人もいます。
火事と喧嘩は大きな方がいい、そんな事はありません。

川松は、単に対立を煽るような、そんな政治家ではありません。
知事は何を言っているのか。都民は何を求めているのか。
その接点を見出す役割が政治なのであって、喧嘩ばかりしているのが政治ではありません。

誰が、それができるか。
それは、常に正論の川松真一朗が、この墨田から、東京都の幸せの実現をして参ります。

石破茂前地方担当相・応援演説

【5.ものづくりの町・墨田】

ものづくりの町・墨田でもあります。
ある一定以上の年齢の方は『下町の太陽』という映画があったのをご存知ですか。
ご存知ですか、そうそう、倍賞千恵子さんね。1963年、昭和38年、オリンピックの前の年。
そうですか、お生まれになった年ですか、存じませんでした(会場笑)。
あれは、墨田区の洗剤工場のお話なのですね。
もうあれから随分年数が経ちましたが、やはりこの墨田は物づくりの町であります。
面積あたりの工場の数、23区中第1位ですから。
働く人の町であり、物づくりの町であります。それを大事にしていかなければなりません。

ヨーロッパにも、どんな名門にも負けない靴がつくれるのも、この墨田区であります。
私は外国の人が来ると、あんまりお金がないんで高い物はあげられないし、あげてもいけないんですが、大体おみやげは「江戸切子」を使うことにさせて頂いております。
外国の人が一番よろこぶ、そういうものが作れるのも、この墨田であります。
スカイツリーだけが、墨田なのではありません。
この墨田は、たしか27、博物館があるんですね。
そんなところは23区中、そんじょそこらに有りはしません。
「それはお前、江戸東京博物館だろう」って言うんですけど、それだけではありません。
なんとこの墨田には、ブレーキの博物館がある。これ、日本でここだけね。
切子の博物館もここだけね。たばこと塩の博物館も、ここだけね。
あるいは、屏風の博物館なんてのもここだけね。
名刺の博物館がなんでここにあるのか知らないけれども、名刺と紙の博物館があるのもここだけね。
これ、27を全部言ってたら時間がないので言ったりしませんが、「ここにしかないもの」ってのが沢山ある。
それが墨田区です。

【6.墨田発で都政を考える】

「ふるさと納税」ってのがありましてね。
東京の人、税金を納めるならあれ、税金だっていうから変なことになっている訳で、本質は寄付金控除なんだけどね。
北海道や九州や東北や、そういうところに寄付をしてくださいなの。そうすると税金が安くなりますよ、というのがふるさと納税だと思っている人が一杯いる。それはそうではないのであって、これから先東京は、もちろん、もしご縁があれば鳥取県にもふるさと納税をしてもらいたいんですが、この墨田も、いろんなここにしかないもの、ってのが有るじゃないですか。切子でもそうでしょうよ。
いろんな「墨田にしかないもの」で、全国の人たちから、出すばかりじゃなくて寄付を集めようよ、区長さんが一生懸命取り組んでいるところであります。

私は、東京は東京、地方は地方だと思わない。
人口が伸び、経済が伸びていた時は、東京は東京、地方は地方。地方は地方で東京の悪口を言っていれば良かったし、東京は東京で、もう地方は養えないなんて言ってりゃ良かったんです。
お互いが対立をしていれば良かった時代でした。
だけどこれから先は、そんな事は言ってられない時代なのです。
東京は、地方のために何ができるか。地方は、東京のために何ができるか。
都政と一緒で、お互いが対立していては、どうにもなりません。
(聴衆、静寂に包まれる)

この墨田に、大勢の人がやってくる。そういう町づくりをやらなければなりません。
そして、墨田のいろんな幸せを、地方も分かち合えるよう、そういうような日本にしていきたい。
私たちは、そのように思っています。

先ほど申し上げたように、この築地をどうするかだけが争点なのではありません。
私は、そういうような中央卸売市場ってのは二か所に分散しちゃ駄目だと思っている。
一か所にした方がよっぽど機能は充実するし、よっぽど効率的だし、よっぽど金はかからないし、都民の幸せになると私は思います。
そのことを、きちんと都議会の場で訴えていくのも、川松真一朗なのであります。

ですから、それだけが争点なのではなくて、この墨田、いかに安全な町にするか。
いかに若い夫婦にとって、若い人たちにとって幸せな町にするかなのであります。

石破茂前地方担当相・応援演説

【7.超高齢化問題に立ち向かう】

そして申し上げておきますが、これから東京が迎える超高齢化は、半端なものではありませんよ。
半端なものではない、なぜか。

昭和30年、(聴衆の方を指し)生まれた年よりもずっと前ですね。
私が生まれる2年前なんだが(会場笑)、1955年、昭和30年から1970年、昭和45年。
大阪で万博があった年です。たった15年の間に、北海道から九州から、東北から四国から、
たった15年の間に日本国中の地方からこの東京に、500万人の人が移り住んだんですよ。
皆さん方の中にもいらっしゃいませんか、その頃に東京へ来たんだよ、って方。
そうですか。昭和30年から45年まで15年間に、日本国中の地方から500万人の人が東京にやってきた。私は鳥取で、小学生や中学生をやっておりました。
東京に人が集まって大変です、高島平団地をつくり多摩ニュータウンをつくり、校庭をつぶしてプレハブ校舎をつくり、そんな時代でありました。

一昨年は、昭和で言えば90年でしたね。
昭和30年に15歳で東京に来た人は、一昨年いくつになりましたか。
90から30を引くと60、60に15を足したら75。
昭和30年に15歳で東京に来た人は、一昨年もれなく75歳になっている。
なってない人は一人もいない。居るはずがない。
昭和30年から45年までに、若い人が爆発的に増えた。これからはその裏返しが起こる。
高齢者が爆発的に増える、それが東京です。
今まで東京は若い町でしたから、医療とか介護とか、そういう態勢が充分でなくてもやれたんです。
これから先は、絶対にそうはいかない。
いかにして医療、介護の態勢を整えるか。
それも東京の、一番大きな課題のひとつであります。

【8.川松真一朗を通して、あなたが墨田を、東京を、そして日本を変える】

いかにして安心、安全な町をつくるかは、若い人たちだけのものではない。
高齢者の皆様方のためでもあります。
安全、安心な町。大勢の人がやってくる町。世界の人が楽しめる町。
そういう墨田が、新しい東京をつくります。新しい日本をつくります。
川松真一朗のための選挙ではありません。
墨田区民、一人ひとりの幸せを実現するための選挙である。
墨田区が東京のために、果たすべき役割を果たす選挙である。
そして東京は、日本のために、果たすべき役割を果たす。
その都政を担えるのは。この墨田区で担えるのは、川松真一朗である。
私はそのように固く信ずるものであります。(会場拍手、川松深々と一礼)

4年前のような追い風は吹いてません。
それは我われ党本部が至らないところがあって、都議会議員候補にも多くの迷惑をかけております。
私もあちらこちらで、お詫びをして歩かねばならないと思っております。

追い風は吹いてません。
逆風だと思っています。
ですけど、そんな時こそ真価が問われる。
厳しい選挙です。

この錦糸町に大勢の方々、せっかくの土曜日にお出かけいただき、足を留めていただきました。
4年前もそうでしたが、投票日まで行くか行かないか決めていないって人が一杯います。
投票日になっても、誰にいれるか決めてないって人が一杯います。
いま絶対、川松真一朗に入れようっていう人だけでは当選しません。絶対にしません。
行くかな、行かないかな。誰に入れようかな。そういう人が、選挙を決めます。

私も31年、国会議員をやって、自分の選挙だけでも10回やりました。
毎回毎回、自分の選挙民の皆様にお願いをするのは、是非ぜひ集まってくださった皆さん。
1人でもいいです。2人でもです。声かけてください。電話してくださいっていうお願いを
毎回毎回、し続けております。
9割の確率で入りますから。
「川松を頼む」って言っていただいたら、9割が川松って書きます。
だけど、川松だけがそれやる訳じゃないから。他の候補者も同じことをやる訳だ。
向こうは電話をかけました、川松を頼むって電話が入りませんでした、そうしたら
向こうの票が増えるに決まっているじゃないですか。
(そうしたら)川松が働くことはできません。

どうか、長い時間聞いていただいてご迷惑をおかけいたしました。
ありがとうございます。
どうか、川松真一朗。皆さま方が声をかけていただいて、これから4年間。
若い力で、正論で、正義感で。この墨田区から新しい東京をつくる。
川松真一朗、皆さま方のご支持、ご支援を心からお願いして、石破茂のご挨拶といたします。
どうぞ川松真一朗をよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。(会場拍手)

石破茂前地方担当相・応援演説



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石破茂前地方担当相・応援演説
(20分58秒)

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