箭幹八幡宮(やがらはちまんぐう)

【箭幹八幡宮(やがらはちまんぐう)】
お祭りは宗教行事だとして、様々な役所が融通をきかせてくれないケースが多々ある。

地域コミュニティの砦は、今や各地域のお祭りだと考えている。各町内会•自治会と、各祭りは車の両輪であり、自助・共助・公助を支える大きな存在ではないか。

この週末、箭幹八幡宮では子供お神輿の出発式に立ち会ったが、町内会子ども会に参加してないけど、お祭りに参加する子も沢山いる。そういう親子が地域との接点を持っていくきっけだったりする。

そして、お社やお祭りは、役所が出来る前から地域を支えてきたわけだし、神輿を担いでいる子に宗教勧誘をする事も一切ないし、信仰を強制することは、私は45年間一度も見たことない。だから、日本の伝統文化、地域の伝統文化、絆の証としお祭りを保護していく重要性を訴えている毎週末。

歴史という点で、「箭幹社八幡宮記」によると、今から約1300年前、第34代推古天皇様がご病気になり、全国の主だった神社に病気平癒の祈願を依頼された。その後ご病気が全快いたしました折、当神社も多額の修復費をいただいたと記されている。

長らく、小田原の北条氏の配下であった小山田氏一族の氏神として、その勢力の及ぶ地域の総鎮守として崇敬されてきたが、北条氏の滅亡、小山田氏の敗走等で神職不在の時期が続き、古文書の保存等がなされていないのが残念でもある。