外交部会、国会ラグビークラブ総会 ほか

3月24日

08:00 外交部会(外交青書、総理訪米報告)
09:40 国会対策委員会
10:20 資料整理
11:30 ポスター写真撮影
13:00 陳情相談
14:00 陳情相談
15:00 文科政策
16:00 国会ラグビークラブ総会
16:45 産業政策
17:30 医療ヒアリング
19:30 打合せ
20:30 鈴木雅之さんビルボード

・国会ラグビークラブ総会。
遠藤利明会長が勇退されて、武田良太新会長が選出されました。日本ラグビー協会は、2035年ラグビーワールドカップ開催地として立候補表明しました。これを受けて動きが活発になっていきます。

会の中で、萩生田代議士から「2019大会は招致をラグビー協会が勝ち取った後に成功議員連盟が出来た。今回は招致成功議員連盟をいち早く立ち上げていきましょう」と各会派への呼びかけが行われました。

国会ラグビークラブは、4年に一回、ワールドカップ開催に合わせて、開会式を前に議員同士のワールドカップに参加してきた歴史があります。ラグビーを通じての外交展開を重ねてきました。次回がオーストラリア大会、その次がアメリカ大会になっていきます。

今回、このクラブに正式初参加となる中には、明治大学OBの黒崎ゆういち代議士(東京27区)、早稲田大学・神戸製鋼OBの後藤翔太参議院議員(参政党比例)があり、我々が泥臭く動いて参ります。萩生田代議士に後藤君を即戦力としてご紹介できました。

なお、維新の藤田共同代表は同い年生まれ、筑波大学主務も務められていました。当時、ジュニアなどで日大と筑波はよく試合をしていたので、下級生の頃のジュニアで藤田さんとは対戦していたのではないかと話題になりました😁

会には、日本協会から土田会長、新秩父宮ラグビー場建設に取り組んでいるJSCから芦立理事長が参加し現況の説明がございました。

私は高校生の時に、平尾誠二さんの平尾プロジェクトに選んで頂き、ユース世代の代表スコッド合宿に参加させて頂いてきました。その際に、強化本部長を務められていたのが河野一郎先生です。それから2016五輪招致委員会などから2019大会へとお互い立場が変わりながら、今日を迎え、ラグビークラブ総会ではスポーツ政策推進機構理事長として参加、同坂本専務理事と写真。30年の時を経てなお続くスリーショットとなりました🤭

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以下は、2019日本大会開催への川松真一朗個人の関わり方をかいつまんでご報告致します。

私は2009年のワールドカップ招致決定以来、当時の森喜朗会長、真下昇専務理事(招致委員長)の命を受けて、末端の各種ロビーに取り組んで参りました。私が2013年に都議会議員に当選して、東京オリンピックが決まると、森さんから東京都が国立競技場を抱えるし積極的に19年から20年に向かう為にも、全党派が参加する議連を設置して欲しいと要望頂きました。その際に、森さんと内田茂さんを説得して議連トップとして組織作りを始めたものです。

ところが、その後、思わぬ事に新国立ザハ案が撤回されて、東京から会場が無くなりかけましたが、私もIRB(現WRワールドラグビー)らへのアピールを続け、東京スタジアムが会場として選ばれる為の改修作業に取り組みました。当時の担当副知事には連日打診し、高島なおき都議会議長のところで、ステークホルダーとの打合せを重ねた事は私にとっては貴重な経験です。

2015年大会では、東京都知事を含めて、都議会全政党も必ず大会を見るべきだと力説しイングランド視察が決定。ホテル代が公費出張なのに高過ぎると批判を受けましたが、私が全マスコミを集めてプレゼン。世界大会が開催する時にはホテル代は必ず高くなる。19年も20年も必ず東京のホテルは高騰します。これが需給バランスであり、今後、東京だけはホテル価格を据え置きましょうとマスコミの皆さんがホテルを説得できるなら、高過ぎる批判は受けるが、そうでないならば現実を直視すべきだと意見を述べたら誰も批判記事を書かなかったというエピソードもあります。

そんな10年の準備期間を経て迎えた2019年9月20日の開会式は本当に感無量でした。翌日21.22は唯一2日間開催された札幌に行き、大通り公園のファンゾーンの大盛況を見て、昨日の朝まで失敗すると言われていたラグビーW杯は成功したと確信し、安堵したのをよーく覚えています。

23日の朝イチに新千歳空港で森さんとお会いし「良かった。君達のおかげでここまで来れた。」と言って頂き堅い握手をしたのが嬉しかったのです。